イデアの影(森博嗣)
狂女の半生。
好き嫌いが分かれそう。
名無しの女性を主人公とした、なんというか音の無い一作。
レコードをかけたり、舞踏会に出たり、案外音楽は流れているのに無音という印象。
ハイスピードで人間がザクザクと死に、そのたび均衡を崩す主人公。
結局、生き物を辞めてしまった。
これ嫌いな人は、穴(小山田浩子)が好きかもわからん。
あっちの人が現実ベースの幻想なら、こっちの人は幻想ベースの現実だな。
ひとの認識をちょっとずつ引っ張って、気付けば位置をずらしてしまう作品というのがたまにある。
具体的には、よく夢野久作のドグラマグラに「読むと気が狂う」と煽りがついてるけど、そういうこと。
ドグラマグラは丁寧に丁寧にそれをやるけど、本作は大した文字数を費やさずにわりとあっさりやってのける。
多分、作品内で読み手にいちばん近い主人公が真っ先に引っ張られて、読み手を誘導するんだろうね。
ただ、答えの見えない場所へ置き去りにしてループ始めるドグラマグラより、穏やかな場所まで導いてくれる本作は別に気を狂わせたりしないと思う。安心して、どうぞ。
ひとつ言わせてもらうなら、あのプロローグはなんなの。
プロローグの数ページだけが小煩い。
全編通しておっとりゆったりおとぼけている主人公が、なんかそこだけ色があるというか輪郭があるというか、きつめの感情があるというか。
狂人ではない、明確に現実を生きている彼女であるのかな?
あっちとこっちを行き来するタイプだったんね。
中盤から主人公は、影と言葉を交わし始める。
それは人間=物体の影ではなく誰かの観念、理想の誰か、主人公が創り出したイデアの影。
なんか、それもいいのかもわからんね。